それでもボクはやってない
先日、テレビでやっていた「それでもボクはやってない」をビデオに録って先ほど観た。映画を観るのは久しぶりだったけど、話題作で気になっていたからビデオに録っておいたのだ。映画の内容も記載するので、内容を知りたくない人はこの先は見ないでほしい。
映画の内容は、主人公が痴漢をやっていないのに痴漢だと被害者に言われてそのまま取調べを受け、留置所に入れられ、裁判で繰り返し容疑を否認し続けるという内容なんだけど、痴漢をやっていないのに結局有罪になってしまうというストーリーだ。後味だけ考えると、非常にすっきりしないし、なんだかモヤモヤとした気分になる。だいたい、痴漢をしていないのにそんな疑いをかけられ、刑務所で犯罪者扱いされ、裁判の費用も自己負担で、長い間戦わなければいけないというのは納得いかないもんだ。かといって、痴漢は犯罪だし、決して許されるものではない行為ではあると思うけど、無実の罪を擦り付けてすむような問題ではないと思う。被害者は確かに被害を受けてひどい目にあったのは事実だろうけど、無実の罪を負った容疑者については、ひどい目にあったどころの騒ぎではない。家族や子供がいる人だったら世間から冷たい視線を一家で浴びせられるだろうし、そうじゃなくても会社勤めをしている人なら、それなりの処分を受けたり、相当の影響を受けてしまうものと思う。人生が無実の罪でまさに狂わされてしまうのだ。今回の設定は、たまたま話をややこしくしないようにという配慮からか、フリーターで独身の男という設定だったが、妻子あるサラリーマンだったとしたら、被告にされてしまったということになれば、さらに事態は深刻なものだ。やってもいないのに容疑をかけられたというだけで、大変なことになるということがわかった。いろいろ考えさせられるという意味ではいい映画だと思う。
日本の刑事裁判では、有罪率が99.9%という極めて高い数値だそうだ。被告が否認しているケースでも無罪になる確率は3%くらいと、映画の中で言っていた。確かに否認していれば無罪になるということでは裁判は成り立たないだろうし、否認したものが勝ちになるようでは、それはそれでおかしい。しかしながら、痴漢という被害者にとっても容疑者を特定しづらい犯罪の中では、否認し続ける容疑者に対して、有罪を言い渡すというのは、非常に納得がいかないものだ。しかも今回のケースでは、隣にいた女性が、痴漢はしていないと思うと目撃証言をしているにもかかわらず、確実に容疑者が痴漢したと言い切れない被害者の証言をそのまま受け入れる検察側の言い分に沿った判決が下されたのだ。「日本の裁判官は無罪を言い渡すというのは検察や警察の取調べなどに対して泥を塗ることになる。だから出世するためにも、無罪を言い渡すことは相当の理由がないといけないことだ」というコメントも出ていた。こんなんで犯罪をしていないのに有罪判決がぼんぼん出されては、何を信用していいのかわからなくなる。
というわけで、このようなことにならないためには、なるべくすいている車両・時間帯の電車に乗る。女性の近くには乗らない。女性の近くに乗ってしまった場合でも、方向を変えるなどしてあらぬ疑いをかけられ無いようにする。両手は疑いをかけられないよう、つり革をつかむとかつり革につかまった腕を押さえるなどして、両腕の所在が他の人にもわかるような状況においておく。など、対策・防止策を挙げたいと思う。それでも毎日の通勤のことなので、徹底しきれないことがあるかもしれないと思うと、本当に怖い。でも、なるべく疑いがかけられないようにして、人生を狂わされないように気をつけようと思う今日この頃なのだ。
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- それでもボクはやってない(2008.03.03)


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